ネガティブじゃなくてポジティブな視点

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今回は物事の視点についてです。
基本的に自殺を考える人はネガティブ思考でペシミズムだと思います。

人間は弱いですから誰しもがそうです。
「いやいや、私はネガティブじゃないよ」
って人でも嫌なことが連続して起きると
記憶に植え付けられます。

似たようなシチュエーションが来ると
脳裏を過っちゃうんですよね。

ではなぜネガティブ思考はいけないのか?
悲観的で卑屈、自分に価値を見出せなくなります。
なにもできなくなるし、不安からは何も得るものがありません。

就活で受かるかな?なんて不安に思ってる人より
絶対に受かってやるって人の方が採用したいし
だいたいそういうのは表情や言動に表れるものです。

私の友人がこの間facebookで傘を盗られたと言っていました。
その状況だけ見たら最悪ですよね。
どう考えてもついてない。

でもその状況を見たわけでもないし
もしかしたら傘を盗った人は子供を連れていて
どうしても傘が欲しかったのかもしれない。
実際はわかりません。
(だから盗って良いわけでもないですよw)

もちろん盗られた側は嫌な気持ちにはなりますし
傘を盗った人を正当化するわけでもないです。
でも考えたって仕方ないんですよ。

そんなんを嘆いてる暇があれば
傘買えばいいし、次そうならないために
折り畳み傘を持つとか対策をすればいいし
その盗られたことに関しては
自分の傘で誰かが救われたくらいに
思っとけばいいんです。

もしそれがきっかけで折り畳み傘を常に持っていたから
今後、役立つかもしれません。
そうなってくると、あのとき傘を盗られたことに意味が出てきます。

この例えはちょっと極端で飛躍してますけど
でも前向きに対策をしろってことです。

嫌なことがあったから悲観的になるんじゃなくて
原因があるなら原因を考えて
対策ができるなら対策すればいい。

言い換えればネガティブ思考は自分を変えたくないんです。

一般的にネガティブだと行動しません。
特に心理的欲求(二次的欲求)に影響が出ます。
「どうせやっても一緒だ」
「何も変わらない」

そんなのは勿体ないと思いませんか?

視点の切り替えをしてみてください。

毎日自由な時間が2時間しかないって人は
2時間もあるっていう見方みたいなものです。

「継続は力なり」ってのは概ね同意ですが
それが取り返しがつかなかったり、死んでしまうようなことでは
意味すら見い出せません。
視点を切り替えると継続せずに
いろいろ経験する方が良いと思えることだってあります。

もちろんこれは経験することを「継続する」とも言えます。
要するにすべて視点でどうにでもなります。
意味がないことに意味を持たせることもできます。

楽しいと思えることがないって人は
これから楽しいことが見つけれるはずです。

あともうひとつ、ネガティブな集団というのは
一緒にいると引き込まれます。

愚痴で盛り上がっているコミュニティなんて
時間が止まってるような気がしませんか?

現状が楽しくないと嘆くなら
どうしたら楽しいか考えて動いた方が
絶対楽しいですよ。

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