生きる意味ってなんですか?

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ふと悩むことのひとつに生きる意味を考えることってありませんか?
私は確か中学生くらいのときに初めて考えたことがあります。
寝る前とかだったと思いますが
「ぼくはどうして生きているんだろう・・・
そもそも人間ってなんのために生まれたの?」

当時は考えても答えなんて見つからず
結局行き着いたのは死ぬために生きているんだ、だった気がします。

人は死ぬために生きている?

今でもこれはこれで正解だと思っています。
死ぬために生きている。
最終的にはみんな死ぬんだから当たり前ですよね。

じゃあ今この瞬間に死ねばいいのか?
それで目的を果たしたことになるのか?
というと少し違うように思います。
死ぬことが目的ではなく、人は死という結果に行き着くだけで
死ぬことが目的ではないんですよね。

目的とは生きている間にこそ見出されるべきである。
まず簡単に思いつくのは
「なにをしたのか」
ということじゃないでしょうか。
学問の研究や技術的な発展は社会に貢献したとはっきり言えるでしょう。
しかしそんな人ばかりではありませんし
そんなことを気にしなくてもいいと思います。
広い意味で言えば何か、誰かにちょっとした影響を与えただけでも
最終的に大きな貢献に繋がるかもしれません。

「子孫を残す」
というのも答えとしてはもっともですね。
それでも強制できることではありませんし
残さないからとして、その人に誰がなにを言う権利があるでしょうか。

結局、個人の尊厳という不可侵のものがある限り
生き方を強制することはできません。

生きる意味なんてない


結局そういうことです。
普遍的な生きる意味なんてない。
そもそも意味というのはすべて人間が決めたものでしかないんです。
存在している物や言葉の意味にしてもそうじゃないですか。
この言葉の意味はこう解釈しようねって国、言語で決まっているだけです。

だからこの記事のタイトルは
「生きるってどう解釈したらいいのかな?」ということになります。
そうなればせっかく生まれたんだから楽しめばいいし、幸せになればいいし
自分が満足して生きたらそれでいいんじゃない?

もしくは「自殺しない理由」を考えてみるといいのかもしれません。
地球上で考えると(先進国から見て)あまりにも惨めで哀れで不幸な生活をしている人がいます。
それなのになぜ生きているのか?
なぜその人たちは自殺しないのか?

それは自分自身を保つ義務をしっかりと認識しているんです。
義務というのは道徳的にですね。
生きること自体を目的として、生きていること自体に幸せを見出せる。
つまり自分が幸せかどうかには現状、今ある状態ではなく
それに対しての解釈しかないことに気付くはずです。

ちなみに自殺自体には罰則がありません。
何回自殺を試みても逮捕されることは有り得ませんよね。
法的に罰することはないし拘束力もない。
ただ自殺する行為が良いか悪いかはわかりません。
倫理的に考えても、正しい正しくないでわかれます。

しかし道徳的に考えると自殺は殺人と同じであるとされます。
人は人格にある尊厳を尊重しなければならない。
愛情、友情、仲間意識といったある特定の人間に対してではなく
差別することなく人は等しく尊重するべきなんですね。
普遍的な人間性を尊重するべきであるから、それは自分自身も含まれるということです。

『悩み相談BBS』

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